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契約書を作らずに損害を被ったエピソード

契約書作成の重要性は、個人事業主やフリーランス、小規模事業者の方々には、その必要性や重要性が十分に浸透していない面があるかもしれません。日々の業務に追われる中で、契約書の作成をおろそかにしてしまう気持ちも理解できます。

 

しかし、弱い立場の事業者が自分の利益を守るには、契約書が最後の砦になることもあります。

 

そこで、契約書を作成しなかったばかりに実際に起こったエピソードをいくつかご紹介します。

 

エピソード1:曖昧な口約束が招いた大損害

 

あるフリーランスのWebデザイナーAさんは、知人の紹介で中小企業のB社からWebサイトのリニューアル案件を受注しました。B社の担当者とは何度か打ち合わせを行い、デザインのイメージや納期、おおよその費用感について口頭で合意しました。しかし、契約書は作成せず、Aさんはすぐに作業に取り掛かりました。

 

ところが、納品間近になってB社の担当者が変わり、「こんなデザインは聞いていない」「費用が高すぎる」と主張し始めたのです。Aさんは何度も修正に応じましたが、最終的にB社は支払いを大幅に減額。口約束だけだったため、Aさんは当初の報酬を受け取ることができず、時間と労力を無駄にする結果となりました。もし契約書でデザインの範囲や費用、支払い条件などを明確にしていれば、このような事態は避けられたかもしれません。

 

エピソード2:認識のずれから生まれた信頼関係の崩壊

 

フリーランスのイラストレーターCさんは、ある出版社から書籍の挿絵制作を依頼されました。納期やイラストのタッチについては打合せを行い、口頭で合意しましたが、使用範囲(書籍のみか、関連グッズにも使用されるかなど)については特に話し合っていませんでした。

 

納品後、Cさんのイラストが書籍だけでなく、出版社のWebサイトや販促グッズにも無断で使用されていることが発覚しました。Cさんは出版社に抗議しましたが、「書籍の仕事なのだから、関連する使用も当然だと思っていた」と主張され、追加の報酬は支払われませんでした。契約書で使用範囲を明確にしていれば、Cさんの著作権は守られ、出版社との信頼関係も損なわれずに済んだでしょう。

 

エピソード3:下請法違反に気づかず大慌て

 

小規模なWeb制作会社D社は、大手広告代理店からWebサイトのコーディング業務を請け負いました。急ぎの案件だったため、詳細な仕様書や納期、報酬などが書面で交付されないまま作業を開始しました。D社は言われるがままに作業を進めましたが、後日、広告代理店から一方的に大幅な納期短縮を要求され、追加費用も支払われませんでした。

 

実はこの取引は下請法に該当する可能性があり、広告代理店はD社に対して法定の書面を交付する義務がありました。もしD社が下請法について知識があり、契約書面の交付を求めていれば、不当な要求から身を守ることができたかもしれません。

 

これらのエピソードは、契約書がないために個人事業主やフリーランス、小規模事業者が直面する可能性のあるトラブルのほんの一例です。契約書は、単なる形式的な書類ではなく、自身の権利を守り、相手との合意内容を明確にし、将来的なリスクを回避するための重要なツールなのです。

 

たとえ親しい間柄の取引であっても、口約束だけでは予期せぬ誤解やトラブルが生じることがあります。ビジネスにおいては、信頼関係も大切ですが、それを書面によって裏付けることで、より強固な関係を築くことができるのではないでしょうか。

 

少しでも「もしかしたら自分にも起こりうるかもしれない」と感じていただけたら、ぜひ契約書作成の重要性を再認識し、今後のビジネスにお役立ていただければ幸いです。最初は簡単なものでも構いませんので、書面で合意内容を残す習慣をつけていくことをお勧めします。